Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

ダブリン雑感

出張で、Dublin, Irelandへ。3年半ぶりの海外になる。
長い学会で、日本の仕事もちょこちょこあったものの、体調を崩さず平常運転で乗り切った。現地時間の朝に日本の仕事3時間くらいして、あとは夕方までずっと学会、夜は参加者で夕食、というきちんとしたスケジュールで。
学会は初めて参加したものだったが、コンセプトは私に合っているみたいで、どのセッションもどの時間も全て興味を持って聞けた。
観光はミニマム。

出張準備

今回、体調が良かったのは、持ち物、とくに服装の選択に成功したからだろう。
ダブリンはかなり寒く、毎日12℃くらいだった。この情報を事前に仕入れていたので、コートをスーツケースに入れて持って行った、これがまず正解。
トップスは、長袖Tシャツ、ワイシャツ、カーディガン、ハイネックセーターを各1。いずれもキレイ目な、学会でも浮かないもの。そして、スカーフを2枚。これが便利で、暖かいときはコートなしでスカーフのみ、寒い時はカーディガン+スカーフ+コート。かなりの組み合わせができる。
ボトムスは同じ形の色違いのパンツを2着。同じ形というのが大事で、ボトムスが違うと靴をそれに合わせて変えなければならないから。いつも足元のバランスが良く、自信を持って立てたし歩けた。だから靴の替えはなし。
スーツは持っていかなかった。スーツケースゴロゴロするときは、大抵スーツを持っていかないという皮肉。
そして、パジャマになるスウェット上下と、下着は洗濯できると踏んで(ただ、ダブリンは湿気が多いらしくホテルで洗濯→部屋干しではカラリと乾かなかった)、6泊だったが3組ほどを入れた。これで衣類は全部。これだけ少ないと機内持ち込みのスーツケースで十分なのだ。
ロストバゲージはストレスなので、私は基本的にすべて機内持ち込み派。BAは欧州の中でも危ないイメージがあり、この点から荷物を組み立てた。
かなり長いこと海外に行っていないので、何を準備すればよいかすっかり忘れていたが、今回、持っていくの忘れたもの、道中のなくしもの、現地の宿において来てしまったもの、すべてなかった。私優秀だ。時計と財布は日本用と現地用のをそれぞれ用意する。機内でのリラックスグッズ、石けんとシャンプー、リンス、肌荒れ防止クリームも重要。スマホも重要。ただ、eチケット(印刷したもの)は、今回全く必要なくて、時代が変わったことを痛感。あと、最も忘れてはいけないものは、コンセントの形状変換機。アイルランドはGBタイプで、日本のそのままでは絶対に差し込めない、初めての形だった。最近多かった米国出張ではこの点何もケアしなくても何とかなっていたので。

道中

今回はヒースロー経由。フライト時間は、ロシア上空を飛べないので+1.5~2時間。面白かったのは、行きはカナダ上空(北極圏)回り、帰りは南回りだったこと。
Covid19対策は一切要求されず、パスポートコントロールもコロナ前と同じくスムーズ。日本の出入国は安定のスムーズなオペレーション。ロンドン・ヒースローは大きな空港でビビっていたが、ターミナル間の移動はなかったので助かった。かえってトランジット時間は暇だったくらい。
飛行機は全てBritish Airline。機内食は量が少なかったが美味しかった。わざわざ話しかけてみたBAのCAさんによると、コロナ禍を経て、量を減らしたのだそう。お客さんからの声も「量が少ない」というのが多いんだって。でもなかなか改善されないらしい。BA、ケチなイメージあるよね。

物価

日本の3倍。これは、ひもじかった、正直。ホテルの朝ごはんは15ユーロで、一昔前なら私平気で食べてたレベルだったのに、お財布が心配で1回しか食べなかった(食べれなかった)。夕食はアルコール飲むと50ユーロくらい(7000~8000円)。確かにおいしいのだが。高い理由は、そもそもの物価も、為替レートのせいだという指摘もあるが、VAT(消費税)が23%というのも大きい。外食だとさらにサービス料。お土産(アイルランド生産のグラノーラ)を近所のスーパーで買ったがVATは0で、そんなに高くないと思えたから。あと、空港のお土産もVATなし(免税店なのだから当たり前)。
ホテルがこれまた、高い。こんなに治安がいいなら安宿でも良かったかもしれないけど、安宿(シャワーとトイレ共同)でも1泊1万円はする。今回、ホテル代はカードで立替払いだが、限度額超えるかと冷や冷やするレベル(もちろん余裕は見てるけど、家計を一手に担っているカードで、2ヶ月分のキャッシュフローだから、何か大物があると困るんです)。
ユーロは日本では調達せずに、ダブリンのATMで引き出したが、両替レートは1ユーロ167円(手数料10%弱が込)、ビビらざるを得ない。

美しく、治安が良い。高緯度の5月は、かくも明るいのか、ということが分かった。8時くらいまで明るいので宵っ張りぎみ。
日本のように雨が多い。湿気も高いのだろう、ホテルのタオルが使用後に乾かないから分かった。アメリカだと一晩でカラカラなのに。下着洗濯もしようか迷ったが結局した(乾きやすい素材だったからオールオッケー)。突然の雨、その後急に気温が下がる。そういえば、大陸の端っこの島国という点は日本と共通だ。
何の下調べもせずに行ったのだが、ダブリンは、相当なにかと戦ってきた(そして現在の繁栄を勝ち取ってきた)街だった。市街地に異常に銅像が立っていた、大抵は政治家(その人の名前が通りの名前に冠されている場合もある)。カトリックプロテスタントの対立、アイルランド独立戦争などなど一筋縄ではいかない、長い戦いがあったのだ。日本の私たちは、何かと戦って自分たちの尊厳や自治を得たことが、多分ないよね。近代に生きるということの立ち位置が、アイルランドと日本では根本的に違う気がしてクラクラした。日本は、多分まだ近代ですらない。
有名人はギネスビール創設者のGuinnessさん、「ゴドーを待ちながら」のサミュエル・ベケット(知らなかった!)、そして、すっかり忘れていたがEnya。彼女はゲール語使用地域の出身らしい。ダブリンは、ヘンデルメサイヤ」の世界初演の地としても知られているそうだ。ヘンデルはロンドン在住の売れっ子作曲家で、1741年8月に「メサイヤ」を完成させ、翌1742年4月にダブリンに演奏旅行をした際初演したとのこと。インフルエンサー(当時)がツアーに選ぶような街だったというエピソードもワクワクする。
言葉も思ってたんと違った。英語一択だと思っていたら、公共機関では第一にゲール語が表示されている。ゲール語は、ケルトのルーツを汲む言葉で、見た目フランス語みたいで、読めそうな単語もあるが基本読めない(笑)。その点も、英国とアイルランドめっちゃ違うなーとただただ驚きだった。ただし、国内でのゲール語話者は限られているらしい。
行ったところは、限られているものの、どこも素晴らしかった。ダブリン城の塔は、チェスの駒の「ルーク」そっくりで、私の古城のイメージそのままだった。古い建物なのに、さすが石でできているだけある、国家元首(大統領)の就任式に部屋が現役で使われている。聖パトリック大聖堂にも行った。カトリックの国は、祈祷の様式をあまり変えたがらないのだろうか。いまだに中世の趣があって、いわゆる教会教会している(語彙力・・・)。献金してこなくてごめんなさい。Trinity College旧図書館(ケルズの書)も必見。16cに研究図書館として一般に開放、人々が勉強できる環境になっている、というのが驚き。そのころ活版印刷技術がようやく入ってきたのだろうが、蔵書にはその前からのものも多く、羊皮紙に羽ペンで修道院の僧侶が写本している様子を妄想した。
人びとの移動手段は公共交通機関と自転車。観光客は、徒歩が主流なのだろうが、バスも24時間走っている。街のサイズが小さいため、観光客には非常に優しい。
ダブリンは、これまで訪れた海外の中でもトップクラスに魅力的な観光資源と分かりやすさ。これは、また来ねば(お金をためて)。今度は西端まで行って、大西洋に向かって、うおーっと叫びたい。