まだ見ていないけれど、見たい映像作品も書いておく。
これは、是枝裕和さんがテレビマンユニオン時代の1992年に作った、ドキュメンタリー作品。
川鉄千葉のあおぞら裁判を記録したもの。ここに、県立千葉高校の物理教師、朝生邦夫先生が映っているかもしれないのだ。そして、願わくばわが母校も。
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私は、同高校でオーケストラ部だったけれども、実は公害研究部にもこっそり所属していた。というか、オーケストラの部活が早く終わったら、なんとなく声をかけられて、大気汚染物質の濃度同定を手伝っていた。
当時の県立千葉高校は、全校生徒が1500名と多く、千葉県の公立高校の学区の半分の地域から通ってきてることもあり、京葉工業地帯ほぼすべてに生徒たちの自宅があった。そこに目を付けた先生は、えらかったなと思う。
生徒たちの自宅で、24時間、サンプラーを軒下にぶら下げてほしい、という依頼をしていたのだ。サンプラーは、フィルムケースに入った、アルカリ性のろ紙。夏休み入る直前の一日を指定し、ぶら下げ方を図解したプリントに、地番が割り振られたメッシュ地図をそえて、全校生徒に配布する。
生徒のやることとしては、サンプリング時はフィルムケースのふたを外して、軒下にセロテープで止めて、24時間後(間違いなく)外し、ふたをしっかり閉めて、フィルムケースに、その地番(N-5とか)をマジックに書いて学級長または物理準備室に提出、というシンプルなものだ。うちの高校もいいかげんだから、回収はマストではなく、回収率は1割もあっただろうか。しかし、それでもN=100はあって、地域の偏りもそんなにないので、自動的に100か所くらいの大気汚染物質濃度、この方法では、NOxしかわからない、しかも比色法だから濃度の段階しかわからないけれど、コストほぼゼロでデータが取られていた。今思うとすごいことである。
作業は、フィルムケースの濾紙を試験管に入れ、試験液を定量垂らし、何分か待って、その色を見て、比色チャートで大体の濃度を出して、その濃度と対応する色のシールを地図上の対応する地番のところに貼っていくというものだ。私たちは女子高生らしく、先生の噂とか、気になる男子の噂とか、適当におしゃべりしながら、集中力ゼロで楽しく、それでも正確に作業していた。
私の物理の担任教師は朝生先生でなかったこともあり、私は先生に直接お会いした記憶がない。上記の作業の時は、別の物理の先生に声をかけられて、だったように思う。
実は私の兄も県立千葉高卒業で、朝生先生に習っていた兄によれば、あおぞら裁判の期間中、授業はすべてプリント自習になったそう。さすがに「教育の機会の平等」が叫ばれたりする現代では許されないだろう。おおらかな時代だった。高校も、先生のそういう活動を推奨こそしないけれど黙認していたらしい。朝生先生は「文系製造機」というあだ名があったと聞いたようにも思うが、物理は教科書を理解して問題を自分で解くことで力が付くので、全員がまるきり落ちこぼれたということはなさそうである。現に兄も物理学科に進学。優秀な生徒もたくさんいて、例えば東大理系に現役で複数合格者が出る状態なので、授業で何を見せるか、ということよりも、先生の背中で何を見せるか、ということに尽きるんじゃないかと思う。