Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

カーズ

なかなか含蓄に富んだ作品.PIXAR恐るべし.侮れん.

  • XX学会誌,2006年9月号

「カーズ」
監督:ジョン・ラセター,2006年製作,米国作品

車が人のようにしゃべったり笑ったり,というのを想像したことはありませんか?私は日常生活で車を運転しますが,すれ違う車に,ふと表情を感じてしまったことが何度かあります.実は車同士も,人間の知らないところでコミュニケーションしているのでは?・・・そんな車たちの生きざま(?)がリアルに,泣き笑いだけでなく心の機微までもが描かれています.この作品に人間は一人も出てきません.ありえない設定なのですが,違和感がないのは製作会社PIXARの送り出す映像のマジックです.アニメーションだからとて侮るなかれ.上質な大人の物語で,大人にこそ観て欲しい,そんな映画です.

主人公は花形レーシングカーのライトニング・マックイーン.血気盛んなスピード命の若者です.彼はルーキーながら才能を発揮し,全米レーシングスポーツの最高峰,ピストン・カップで同着1位になりました.1週間後に優勝決定戦がカリフォルニアで行われることになりトレーラーで移動します.しかし,その移動中にトレーラーから落ちて迷ってしまい,ルート66沿いの小さな町,ラジエーター・スプリングスで足止めになってしまいました.そこでも彼は大暴れしますが,素朴な町の人々に徐々に心を開いていきます・・・この作品の第1の見どころは,CGとは思えないリアルなレース展開です.ちなみに観客も全員車なのが笑えます.車で観客席のウェーブってどうやるんでしょう?是非チェックしてみてください.

本稿では,第2の見どころの,ルート66沿いの町に着目します.ルート66は1926年に開通したアメリカの国道の名称ですが,かつてメイン・ストリート・オブ・アメリカと呼ばれTV番組の主題になり,ジャズに歌われたこともありました.しかし,1985年に州間ハイウェイが開通したため,ルート66は廃止となり,街道沿いの町は一気に寂れてしまったということです.マックイーンが迷い込んだラジエーター・スプリングスも地図から名前が消えてしまった町の1つ.町にはブティック(板金屋),靴屋(タイヤショップ),食堂(ガソリンスタンド),自然食品の店(オーガニック燃料店),ホテル(駐車場:車止めコーンの形がおしゃれです),それに裁判所(交通裁判所)もあります.点在する家(ガレージ),町の中心部にはモニュメント.全て揃っているのに,何か寂しげです.高速道路が通ったことで町が寂れる,という現象は日本でもあると思います.ただ,地図から名前が消えてしまう極端なところがアメリカらしいですね.「たった10分の移動時間を短縮するために」という台詞に胸が痛みます.このメッセージは決して前面には押し出されていませんが,時にはのんびり移動することも必要かもしれない,と改めて思い起こさせてくれます.

周辺は乾ききった雄大な渓谷で,その景色はCGながら目を見張るものがあります.サボテンがところどころ生えているところから,フラッグスタッフアリゾナ州)あたりかな,と想像するのもまた楽しいものです.ラジエーター・スプリングスという名前から,車がクールダウンしてほっと一息つける,乾いた峡谷の中の,文字通り「温泉」を想像します.心休まる町として,往時は賑わったのでしょう.そして,マックイーンの粋な心遣いで,一瞬だけ町に活気が戻ります.明かりが次々点る町のなんと美しいこと!ネオンの色が暖かく,どこかノスタルジーを感じさせ,頬が緩みます.この町も,きっといつか地図に名前を載せることができるでしょう.この作品にちなんで,ルート66を車で移動するのも素敵ですね.