Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

あなたの名前を呼べたなら

ロヘナ・ゲラ=監督、2017年インド・フランス合作
大変良い。サリーなどの衣装がまず、素敵すぎる。ラトナは元々おしゃれなのね。ラトナのつくるライム水も大変においしそうだし、料理の配膳シーン、軽食も食欲そそる。
拭き掃除は、雑巾の使い方が日本人と違って、インドの人は布の端っこを持ってテーブルの上で弧を描くように振り回す。夫がプネ留学中に来ていたお手伝いさんもそうやって掃除していたなーと思いだした。
ラトナがムンバイから都市間バス(完全な長距離バスというわけではない)で実家の村に帰るシーン。またムンバイにやってくるシーン。バスターミナルで都市間バスから市内バスに乗り換えるんだよな~と思うと大変に胸熱。都市間バスでムンバイに向かう途中、別人になるべく腕輪をはめる。村では未亡人は着飾ってはいけない、という決まりがあるのは知らなかった。現代でも本当にそうなのだろうか。

さてさて、これは良くあるドラマチックな恋愛ものかと思ったら相当に違う。
ラトナはムンバイでお金持ちのマンションに住み込みで働く召使い。お金持ちとは建設会社の御曹司アシュウイン、いわゆるボンボンで、結婚式を海外で挙げて新妻とマンションで生活を始める予定だった。ところが新妻の浮気により結婚はナシになり、マンションでは一人寂しく(正確には、ラトナと二人で)過ごす。
アシュウインは米国生活(留学)も経験しているので、そこら辺のインド人とはちょっと違っていて、召使いにもちゃんと「ありがとう」を言うんだよね。最初、私もあれっと思った。インド人、基本お礼って言わないから!!召使いは自分のために働くのが当然だから!!
アシュウインとラトナは互いに惹かれあっていくのだが,とてつもなく高いハードル。まずアシュウインの家族は英語で,アシュウイン⇒ラトナは半分くらい英語,逆はほぼマラーティー語。言葉からして違う。なのに,ボンボン特有のナイーブさ。Unfairな関係を残したままの愛は本当に愛していることにならない,ラトナはこの冷酷な事実に早々に気付いているのに対し,アシュウィンは気づかない(ふりをする)し,この身分の違いは越えられると思っている。愛は,どんな形でも相手を嬉しくされるものだと信じて疑わない。
ラトナ「あなたの情婦になるつもりはない」という誇り。アシュウィンは人として平等と思っていても,社会の型(かた)がそうなっていないと結局ラトナを傷つける。このことになかなか気づかないナイーブさは,本当に残酷だよなと。台所の地べたに座って食事するラトナに「屈辱じゃないのか」と聞くし,そもそも召使みんな揃って食事している台所に主人が入ってくることも,召使たちにしたら違和感しかないんだよね。この身分さを超えるにはどうしたらいいのか,切ない・・・
アシュウィンはどこまでも優しくて,ラトナが村に帰ったとき携帯に電話。「何か用事でも?」だよね!主人が召使にプライベート電話とか,そもそもあり得ないから!この辺ムズムズして素敵なんだけどー!
インドで未公開なのも分かる。これがOKなら大問題になるから。この映画が普通に公開されるとき,インドも変わったと言えるんだろうなー。

村の風景と完全に異なる大都会ムンバイの夜景。これも美しい~。このギャップ見て、ラトナは大都会で頑張ろう、自分をしっかり持って誇り高く!と自分を奮い立たせているに違いない。ムンバイの庶民の家と高級マンションは家の明るさも違う。普通の家は暑さを避けるために窓が小さいのに対し,高級マンションは窓が大きく明るくて,暑さ対策もACあるからバッチリなんだよなー,何だこの差は。また,高級ブティックに入ったラトナは店主に警備員呼ばれて追い出される,まさかの不審者扱い?これは本当に現代でもそうなの?とはいえ,食材,服地,レースなどの華やかさに目を奪われるムンバイのマーケット。ただし,お金持ちと庶民が一切交わらない,この冷酷な事実がしっかり伝わってきた。日本人としてインドを旅行するだけでは絶対見えてこない何か。あ,ラトナがベジタリアンであるのを隠して,マトン好き(仮)のアシュウィンの料理をしなくちゃいけないシーンもあったね。これって人権侵害だわ~と思わなくもない。

マンションのアシュウィンの私室も超オシャレ。大きな鏡がある,という理由でアシュウィンの不在時にラトナがこの部屋でファッションショーよろしく,自分の作ったドレスを試着しているのよ。このシーンは良かった。インドでは既婚者は基本サリー着用だから,未婚の妹用のサルワールカミューズを着たシーンは,絶対他人に見せられないのよね。でもまだ若いラトナ。もう一度娘時代に戻りたかったのかな?と思うと泣けた。

とにかく,一事が万事こんな感じ。主人公たちが普通の人生を送るだけなのに,こんなにもわかりやすく見えてくるインドの身分制が心に刺さる。