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タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

米国EPAが飲用水中の六価クロムの詳細なモニタリングを推奨

1/11付けのプレスリリース.EPAのページはこちら
環境EIC様が概要を訳してくれたので,感謝して↓に転記.

アメリ環境保護庁(EPA)は飲用水中の六価クロムについて、含有量のモニタリングやサンプリング方法を改良する方法を示す手引きを水道事業者向けに公表した。これは、六価クロムを長期的に摂取した場合に健康上の問題が生じうるとの科学的証拠が示されたことへの対応である。手引きには、サンプルの採取方法や回数などと併せて、試験室での分析方法も示している。このモニタリング方法を採用すれば、消費者に対して飲料水中の六価クロムの有無について適切な情報を提供することができるほか、現行の水処理方法が飲用水中の六価クロム濃度にどの程度影響するのかなども評価できるという。EPAの現行水質基準は全クロムに対するものであり、それに占める六価クロムの割合を示すことは求めていない。最近のデータによれば公共水道で基準を超過しているものはないが、科学は日々進歩しているため、EPAは定期的に飲用水基準を見直し、健康影響に関して総合的なレビューを実施している。パブリックコメントを考慮して2011年に人の健康影響に関する評価がまとまれば、EPAは関連情報とともにその結論を慎重に評価し、新基準の必要性などを決定するとしている。【アメリ環境保護庁】

直接の動きは,昨年末に公表された米国のNGO調査結果(こちら).六価クロムの飲料水中濃度について,CalEPAが提案している「公衆の健康を守るための目標値(public health goal)」は0.06ppb.全米で濃度を調査した結果,25都市でこの目標値を超えた,という報道がUSATodayに載った(こちら)ことから始まっていると思われる.
EPAの対応が早い事にも驚くが,いくつかコメント,というか感想.
・米国の水道水質基準が,今までは全クロムベースだったのが驚き(0.1mg/L).Available technologyが出るまでのつなぎだから,という説明だけど六価クロム濃度の定量方法は日本では昔からavailableだったよ.
・基準値を厳しくすることでは有名なCalEPAだが,飲料水中の六価クロム濃度の判断基準が0.06ppbって・・・.こんなに低くて実際のところ分析精度担保できる? ”a detection limit of 0.02 parts per billion”だそうだが.ちなみに日本は(ポストカラムのプロセスがない)ジフェニルカルバジド吸光光度法による定量が公定法であり,環境基準(水道水質基準も同じ)が0.05mg/L(=50ppb).
・と思ったら,分析のメソッドが,ポストカラムで分離精製した後ジフェニルカルバジド吸光光度法による定量で,DIONEX社の製品を指定した形になっている.これっていいの?公定法にするには独占的すぎる気が.
・米国EPAの問題意識は,浄水処理した後の水道水中で,塩素が酸化剤となって三価クロムが六価クロムに変わる可能性があり,その場合はリスクが高まるということだそうだ.え?私の理解では,金属クロムも三価クロムも水にほとんど溶けないので,そのくらいの酸化剤では六価に変化する量は無視できると思っていたが.検出下限値の低い分析をすることは,データ解析者としては面白いが,労力とお金(+減らせるリスク)のバランスを良く考えたほうが良いと思う.このレベルの微量分析はほんとうに大変なので.

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この流れの根底にあるのが,六価クロムの有害性試験(ラットの二年間飲水投与試験)で新たなデータが出てきた事らしい.総説として,
Thompson et al. (2011).TOXICOLOGICAL SCIENCES 119(1), 20–40.(PDF
がある.
この論文によると,2008年にNTPがマウスおよびラットの2年間飲水投与発がん試験を行って,マウスの小腸とラットの口腔内粘膜にそれぞれ腫瘍ができた(投与量:20-180mg/L)という報告が引用されている.発がん性ありとなると,低用量へは直線外挿,10-5リスクレベルに相当する濃度はかなり低くなるため,厳しい基準値が出てくる.導出の手続きは一般に合意が得られており問題がないとしても,実際上分析に困るようなレベルでは,規制の意味って何なんだろう,と考えた.
追記:
もうちょっとちゃんと論文を読むと,NTP(2008)の試験については疑問があるという記述がある.「用量反応関係に疑問」や「マウスの小腸にできた腫瘍はヒトには当てはまらない」など.