Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

地球温暖化対策の比較

1週間のうちに,研究所内で地球温暖化対策Aと対策Bに関する講演を聴く機会に恵まれた.乱暴にまとめると,両者は地球温暖化対策に関して正反対のスタンスで研究をしていると考えてよい.(ありがたい,うちの研究所.こういうのが居ながらにして聞けるんですぜ)
最初に対策Aに関する講演を聞いて,洗脳され気味になった,「地球を救うのは対策A!」と鼻息を荒くしてしまいそうになった.
しかし直後に対策Bの講演を聴いて,対策Aは,二酸化炭素排出1トン削減あたりのコストが,対策Bの1000倍である,ということを知った.対策Aが大々的に導入されようとしているのは,資源(お金,エネルギー)の無駄だと.
すごく考え込んで,対策Bの講演会では質問も出来なかった.今も多少混乱気味である.
対策Aは国が後押ししている技術.A推進派は日本の技術を世界に売り込むチャンスということがあり,クリーンなイメージ戦略で成功している(ように思う)。日本国民にも世界中のお客さんにも,それが唯一のよい技術であるかのように思わせることができれば成功で、”高くても対策A”となるのだろう.金はかかるが皆が前向きになれる事例だから推進力が働いてしまうってところか.
逆に,対策Bは日本ではほとんど知られておらず議論も進んでいないマイナーな対策である.しかし,世界的にはHot Topicであり,数年後には日本も米国からの圧力?で議論になるだろう.対策Bで必要とされる技術は,それほど目新しいものではない要素技術の組み合わせ,と考えてよさそう.しかし,その対策は米国でも未だ研究段階であり,とにかくスケールのでっかい話なので世論(というか一部の反対派)の忌避感情も強いものである.でも地球温暖化遅延策としては極めて即効性があり安い!(いや〜全然知らなかった.無知って罪だね・・・)
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こういうとき,地球市民としては,どういう選択をするとよいのだろうか?
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それにしても対策Bのあまりの安さに驚く,コストは安いのになぜ受け入れられないか考える.ローテクや昔からある技術には人は心惹かれない?目新しいもののほうが”環境によさそう”?安かろう悪かろう心理?それとも単に宣伝不足?
もう一歩うがった見方をすると・・・
様子見の技術を隠し玉として取っておく,という煮えきらないスタンスだからかもしれない,そういう構造を垣間見た.「実際にこの技術を使う場面がこないことを祈りつつ,研究だけはしておく」ってやつ.軍事研究みたいな.そういう胡散臭さがあると,直感的に受け入れられないのかもしれない.要は,温暖化で具体的な問題が起こるまで何もしないということだから.
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技術が社会に広まるには,イメージが重要という構図はどこかであったなあ,と昔のことを思い出した.D論のテーマであった光合成細菌を用いた廃水処理がそうだった.活性汚泥法に比べて安価だし処理水質も遜色ないが,当時の厚生省とプラントメーカーにつぶされたという話.開発者側の言い分なので真偽のほどを本気で確認したわけではないが,本当に良い技術がポピュラリティーを獲得するとは限らない現実を学生時代最後に目の当たりにしてしまった.今考えると社会人の入り口としては良かったのかもしれない.