Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

嘘つきアーニャの真っ赤な真実

米原万里=著,角川文庫
これは・・・すごい本に出会ってしまった.ノンフィクション.心打たれまくって涙流しながら2回もじっくり読む.
斎藤美奈子の解説にも注目.私に勧めてくれたのは,なんとなんとウチの長女!斎藤美奈子つながりでこの本を読みたくなったことも考えられるが,センスのある選択眼である.
どんな教科書よりも共産主義のことが血肉となって理解できるっていうか.共産主義って,元は理想から始まっているのになぜ対立を生むの?1960年代前半にプラハソビエト学校で机を並べた3人の少女;アーニャ,ヤスミンカ,リッツァ.ソビエトの支配〜プラハの春ソ連崩壊〜ユーゴ内戦など,激動の時代を生きた少女たちとその家族を,日本人少女マリがユーモア交えて語る.
共産主義ソビエトのスタイルって,知らないことだらけだった.共産主義の国同士が常に「連帯」しているわけではなく,友好関係にある間はいいとしても対立関係になると大変ということ.ソビエト学校に通う様々な国籍の生徒も,それぞれの出身国を背負っているから,国の仲が悪くなると生徒同士も距離を置くようになるのは,とてもショック.中国とソ連が対立すると,ソビエト学校に通っていた中国人生徒が一斉に退学してしまうとか・・・.校長が変わって,ソビエト(ロシア)民族主義の校長になると”日和見共産主義”と言われたユーゴスラビア出身のヤスミンカが,露骨に嫌がらせを受けてついには転校に追い込まれたのも切なすぎる.校長はなまじ校内での権力を持っているからタチが悪い.
表題に入っているアーニャの祖国はルーマニア.1989年にチャウシェスク政権が倒れたあとの,ルーマニアの特権階級の態度はショックだったなぁ.チャウシェスクと同じように特権を享受していたとは...そして,祖国を死ぬほど愛していたアーニャは,イギリスに!親の尽力あってこそ(しかもその親は腐敗した政権側の人間)なのに,そんなことはお首にも出さず「私はもうイギリス人なの」.過去は過去と割り切って必死に今を生きるアーニャに,ズルや矛盾を感じるマリ.でもアーニャを責めることはできないマリに涙が止まらない.
ヤスミンカはユーゴスラビア人.大学生のときプラハの春弾圧(1968年8月)に抗したが目的を果たせず,芸術家の夢も破れ,おとなしく外務省の通訳の仕事に収まる.忸怩たる思いもあるが,今は幸せな結婚をしてベオグラード公営住宅で豊かに暮らしている.その一方で空爆の恐怖にも怯え,マリとヤスミンカが再開を果たした直後には,近くで実際に空爆があったという.
職業的に最も成功したのは,一番勉強ができなかったリッツァである.チェコの東大と言われるプラハの最難関大学で苦労して医学を修め,ドイツにわたり,オペル企業城下町リュッセルハイムで,労働者相手の個人診療所を経営している.ギリシャ人のリッツァは,トルコからドイツに働きに来ている移民労働者の言葉もわかるし,ロシア語,チェコ語もわかるから東からの労働者の言葉も分かる.南側,東側の”貧乏人”にも気さくな先生として愛されているようだ.しかしリッツァも苦労している.父親がプラハの春弾圧に露骨に反対したかどで,ソビエトの息がかかっている大抵の要職にはつけなくなってしまい,両親はチェコを追われているのだ.