Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

生きる

黒澤明の映画って,画面が黒い.それが作品全体の凄みを増幅している.黒いといえば「第三の男」も黒いけど.

市役所職員のあだ名(小田切とよによる)
「こいのぼり」酒井さん
「ナマコ」大野さん
「ドブ板」係長 いつもジメジメ、ジメジメ
「ハエ取り紙」あっちへベタベタ、こっちへベタベタ
「定食」齋藤主任 何にも特徴がないことが特徴なの
「糸こんにゃく」木村さん
「ミイラ」課長(本人に言うところ、爆笑!!)

さて,この作品も某学会誌に解説チックなレビューを書いたのだが,不朽の名作に突っ込みを入れるのはしんどかった.案の定,今回のレビューはイマイチ.制限された字数の中で言いたいことを全て伝えきれない.


XX学会誌2007年7月号 
監督:黒澤明,1952年製作,日本作品

 黒澤明の代表作のひとつなので、ご覧になっている方も多いことでしょう.また,公務員の方は,ここに描かれている先輩(?)の姿は他人事とは思えないかもしれませんね.

 胃ガンが不治の病だった昭和20年代.主人公の渡辺(志村喬)は市役所の市民課長として平凡な公務員生活を送っていました.無欠勤の記録だけは誇れるものの,情熱を持つことなど何一つなくハンコ押しに明け暮れる日々.しかし,胃ガンと宣告された渡辺は,生きることに目覚めます.残り少ない人生は悔いのないように―.役所の縄張りやヤクザの圧力にも負けず,粘り強さと執念で念願の児童公園を完成させました.自分が完成させた公園のブランコで「ゴンドラの唄」を歌いながら死んだ渡辺.ラストは涙なくしては観られません.また,ストーリー展開も斬新です.渡辺がやる気になり,公園プロジェクトを開始したところで突如,渡辺の通夜のシーンに場面転換するなど,当時は画期的だったと思います.

 現在と様変わりしていて興味深いのは,渡辺がヤケになって飲み歩く歓楽街の様子です.おそらく都内でのロケと思われますが,バー,パチンコ屋,帽子を取られてしまうダンスホール等々,どこに行っても活気にあふれ,芋の子を洗うような混雑です.実際にこのころの歓楽街はこうだったのでしょうか.もう一つ印象的なのは市役所の女子職員の履いているストッキングがボロボロなことです.ストッキングはとても高価で,なかなか買い換えられなかったのですね.

 一方,変わらないのは役所です.机の配置や,課長/係長/主任/ヒラという人員構成.書類の山があるのも同じで,違いはパソコンがないくらいか?と思うほどです.「下水溜まりを何とかしてほしい」という市民の声が役所内でたらい回しなのも,「お役所仕事」という批判が今もあることを考えると笑えません.

 さて,本稿では,渡辺が完成に尽力した公園の謎について少し検討してみたいと思います.ここは,公園になる前は何もない空き地で,雨が降るとすぐ,くるぶしくらいまでの水たまりになってしまう場所でした.しかし,公園にするには意外に狭い土地なのが引っかかります.鉄棒と滑り台とジャングルジムと,あの有名なブランコが所狭しと並んでいるのです(公園の全体は一瞬だけしか映されないので注意してご覧ください).公園というよりむしろ,周りに数軒ある家の裏庭という雰囲気で,賑やかなおかみさんたちの声が今にも聞こえてきそうです.

にもかかわらず雪が静かに降り積もるブランコのシーンは,一点の外灯のほかは真っ暗闇,周りの家々の明かりが一つも点いていないのは何だか不自然な気がしますし,しかも,渡辺が息を引き取った直後に巡査が見回りに来ています.こんなに人目があるところを巡査が見回るでしょうか?巡査には何か勘のようなものが働いたのかも知れませんが….ついでに言うと,公園の横に石造りの大変立派な橋があります.ラストシーンはこの橋の上で渡辺が夕焼けをバックに微笑むという,印象的な構図になっています.しかし,ここでも謎が一つ.橋というと,その下を川か線路か道路が交差していて欲しいのですが,そのいずれでもないのも不思議なところです.この土地において,なぜわざわざ高架にする必要があったのか?当時の製作スタッフがご存命なら,このような都市計画の意図を伺ってみたいものです.もちろん,このようなインフラが作品の感動を高めているのは言うまでもありませんよ!