Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

PLAN75

早川千絵=監督、2022年日本・フランス・フィリピン・カタール=合作
倍賞千恵子磯村勇斗
これは、日本に住む人が全員観るべきです。ほんと。

主人公の女性、角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。夫と死別後、ホテルの客室清掃を長年続け、慎ましくも自立した一人暮らしを満喫していた。ある日「高齢」を理由に仕事をクビになりPLAN75の利用を考え始める。
・PLAN75の概要:未来の日本。高齢者が増えすぎたせいで社会が立ち行かなくなってしまったため、75歳になると誰でも安楽死を選べるようになった。安楽死は十分な説明を受けて本人が納得したあとで。それでも、いつでも自由に撤回できる。利用を決めたら用途を問わない10万円が支給される。安楽死の日まで、1回15分ではあるが担当者と電話で会話ができる。
・PLAN75は侃々諤々の議論の後、法が可決された。今では定着し、関連サービスを含めると年1兆円規模の産業を生み出しているとか。
・ミチの解雇のきっかけは、同じく高齢だった清掃仲間が勤務中に客室内で倒れたことだった。それで高齢メンバーの一斉解雇、異論は受け付けない。ホテル側は「高齢者を働かせるなんて残酷だ、という投書があった」という理由にしているが、これは建前で、本音は「客室内で死人が出たら風評被害で売上が落ちるから」。
・コールセンターの若い職員と会うミチ。これは禁止行為だがあくまで内緒で。喫茶店でクリームソーダを飲み、ミチの2番めの夫の思い出話をし、ボーリングをし、「話を聞いてくれてありがとう」と。電話でも、制限時間の15分間、目一杯喋る。寂しいのだろう。声がいいと褒められて嬉しがるミチ(倍賞千恵子は本当に声がいいので、このシーンで号泣してしまった)。
・ミチの長年の友人は一戸建てで孤独死。こうなるくらいなら安楽死のほうが、とは誰でも思うことだろう。
・PLAN75プランと銘打つ、10万円を有効に使えそうなホテルの宿泊プランがこれまた本当にありそうで。1泊2日、豪華食事と温泉に加え、遺影撮影サービスまで。
・PLAN75推進担当の市役所職員(磯村勇斗)は、父の葬儀にも来ず音信不通だった伯父がPLAN75利用を希望していることを偶然知って、伯父の最期の日まで個人的に手助けすることにした。罪滅ぼしだろうか。
・フィリピンから娘の手術費用を稼ぐために介護士として来日した女性は、給料アップのためPLAN75関係の仕事に転職。安楽死した死者の遺品整理を担当する。たしかに給料は良いが。。。
これらの設定、本当にありそうで、ドキュメンタリーじゃないかと何度も目を疑った。
そして、磯村くんの伯父の男性は安楽死へ。そして同じ日にミチも安楽死へ。しかし、ミチは男性の死の直前のお顔を見て、ある行動を起こすのだ。
とにかく、私もお年寄りリスペクトするぞ!!と決意を新たに。私自身は絶対75歳まで働いてやる、働ききってやる。これが可能な人は本当にレアなのだから、挑戦するぞ、という闘志が湧いてきた。
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すべてのシーンに緊迫感があって、思い切り引き込まれた。ぶつ切り編集はわざとなのだろう、断片的なシーンが多いにも関わらず、すべてのシーンの意味が理解できるほど、編集が親切。さらに、これに輪をかけて音楽が秀逸。不協和音がこんなにもぴったりな映画は知らない。カメラワークで気がついたこととしては、何人かカメラ(こちら)を凝視するのよ。観客に何かを突きつける重さがあり、良かった。映画ではまれにしか見られない技術らしいが、この間観た「大人は判ってくれない」のラストが元ネタなのだろうか。
倍賞千恵子の演技に目を瞠る。老けメイクだったのだろう、なぜこんな美しい俳優がこんな姿をさらけ出すのか。寅さんのさくらとのギャップが大きすぎてクラクラしたが、ただただリアルで、とても良かった。カラオケのシーンがあるが(元SKDだけあって)あの年の女性にしては歌が本当にうまく、かえって泣けた。ミチさんが住む公団住宅も良かった。給湯が瞬間湯沸器なのよね(男性の民間アパートも小さな台所に瞬間湯沸器だった、奇妙な一致だが、高齢者の一人住まいは、長年慣れ親しんだ湯沸器が似合うのかも)。
磯村くんは「きのう何食べた?」のジルベールだよね、振れ幅がすごすぎる。演技とてもとても良くて、大ファンになってしまった。
おまけ:武田砂鉄「アシタノカレッジ」というラジオを聞いていたら、「早川(千絵)さんの作品は是枝臭がする」という発言があった。私も全く同意する。