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タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

欧州の消費者製品の規格の決め方

東大の中野政之先生.
過剰な消費者至上はメーカー撤退を招く WEDGE Infinity 2011年05月02日
もとのサイトはこちら.少し前の記事(2011年5月)だけど.自分が何となく思っていたことがズバリと書いてあってなるほどと思ったので記録.すごく面白いから全体を引用したいくらいだが,少しだけ.

その製品事故が全体にとってどれくらいのリスクなのか、それに対してその製品でどれだけの人が楽しんでいるのかなど、そうしたことを定量的に考えることも必要です。

欧州は日本と異なり、メーカーが製品を作るにあたって、とても厳しい規格(スタンダード)を設けています。私は、この規格は日本のように消費者からきた要望やクレームを反映させていった結果なのかと思っていたのですが、聞いてみるとそうではない。欧州では、27カ国の代表者が三人ずつ集まり、メーカーのバックアップのもと、議論して規格を決めているのです。そこで「こうしなければならない」と、トップダウンで決めていきます。

日本のように、常に消費者のクレームを恐れて先回りしていたのでは、そのうち限りがなくなってメーカーも疲弊してしまいます。欧州のやり方はその限りを決めるのに等しく、結果的にメーカーを守ることになっているのです。

リコールがないように過剰に安全性を重視した商品開発をすると,そちらばかりに追われ,ほんとうに必要なイノベーションも起こらない,と.すごく当たり前のことを言っているが,日本のメーカーがなかなか変わらないのはどうしてなのだ.
「製品の誤使用に由来する事故は,メーカーが責任を問う必要がない」,これは共通認識だが,どこまでが誤使用か,という判断が日本は特殊のような.たとえば電気式便座で居眠りをしてしまって低温やけどを起こした事例.これは欧州メーカーなら「そんなstupidな使い方をする人に付き合わなくてよろしい」とはねつけられちゃう事案なのだそう.パターナリズム問題は文化とも絡んで根深い...