Being on the Road ! in Hatena

タイトルは沢木耕太郎「深夜特急」トルコ編の「禅とは,途上にあること」という台詞から.

第三の男

この映画,実は10年前に今はなき「銀座文化劇場」で大学の友人と観た.オーソン・ウェルズの濃い顔・・なんでこんな男をアリダ・ヴァリが好きになるの?と思っていたけれど・・・

今回は,とある雑誌に,映画評を書くという企画を立ち上げてしまったので,その原稿.もう出版されたし、ここで転載してもいいでしょう。

  • XX学会誌、2006年8月号

「第三の男」
監督:キャロル・リード,1949年製作,英国作品

映画史上に残る名作です。テーマ曲のチターの軽やかな調べをご存知の方も多いことでしょう。しかし,ストーリーは意外に重いですね。第二次大戦後の混乱期のウィーンが舞台となっています。英,米,仏,ソ連の4カ国から分割統治されているウィーンですが,その地で闇商人として活躍するハリー(オーソン・ウェルズ)を尋ねて,友人のホリー(ジョセフ・コットン)がアメリカからやってきます。そして,到着した直後に,ハリーが死んだことをハリーの下宿の管理人から聞かされて知ることになります。しかし,その死には不審な点があり,聞き込みを続けていくうちにハリーの死体を運んだ「第三の男」がいることが明らかになります・・・

この映画の,風景の切り取り方の美しさは,いまさらいうまでもないでしょう。ウィーンの町並みも,墓地と並木道も,大観覧車も,ほかにも見どころ満載です。ウィーンは戦争で被害を受けているはずなのに,意外にもそういうシーンは写されておらず,伝統ある古都の風情がここかしこに映っています。とくに,下町の入り組んだ路地や階段が,画面に陰影を与えています。道路も歩道も全て石畳なので,コツコツと緊張感のある足音が響くのは,ヨーロッパらしいところです。これが日本で撮影されたら,こんな音は出ないのではないでしょうか。

さて,本稿では下水道に注目してみましょう。この映画では,下水道はハリーの逃走経路として重要な役割を果たしています。ハリーは広場まで逃げるのですが,ここからいとも簡単に下水道に入り込みます。この広場は,銅像や馬の水飲み用の洗面器みたいなものもあり,風船売りもいる,ヨーロッパでよく見かけるものですが,下水道への入り口があるのはウィーンだけなのでしょうか?筆者は不勉強でよく分かりませんが,こんなに簡単に入れると問題は生じないのでしょうか?それとも第二次大戦後の混乱期だからそうなのでしょうか?

広場の中に公衆便所のような小さな建物があり,その中にマンホールがあります。マンホールのふたもユニークで,6つの正三角形が合わさったものです。ハリーも追手も鍵なしでさっと蓋を開け,逃走劇が始まります。らせん階段を下りますが,まるで古城の地下室に下りていくかのような優美な階段です。日本ではかすがいを打ち付けるだけのものも多いですよね。やはり下水道の歴史のなせる業でしょうか。

下水管は巨大で,地下鉄が走れるくらいの大きさがあるので驚きです。天井もアーチ型で,内壁はレンガ積みであり,流路もゆったりとしたカーブを描いていて何とも美しいものです。高さは6mくらいでしょうか。当然,男たちでもかがまずに走れて,だからこそ逃走劇も絵になります。水深はくるぶしくらいですが,流れは速そうです。また合流式と思われますが,雨天時はどのくらいの水位になるのか気になるところです。前日に大雨だったとしたら,この逃走経路は使えないことになり,ハリーはどのように逃げるつもりだったのでしょうか?脇から合流する支流との高低差は3mほどです。支流は結構な流量があり,目測で0.25m3/sくらいでしょうか。これだけ勢いよく流れていると,あまり臭そうではありません。追手の側で「いい匂いだ」というセリフが出てきますから,まずまず臭いと思われるのですが,追跡に必死で臭いを気にしている暇はないのでしょう。

この下水道は,現在ではウィーンの観光名所になっていると聞きます。筆者もウィーンを訪れる機会があったら,是非流れや臭いを自分の感覚で確かめてみたいものです。